2016年10月12日水曜日

人間らしく生きるため私は絵を描くように木綿に向かいます


山喜多二郎太と高木秋子(これからブログでは二郎太先生と秋子さんと呼びます)は福岡県立女子専門学校(現福岡女子大学)で、美術の先生と生徒として出会いました。

おそらく、その後の家族同士の付き合いから、学校を離れて個人的にも授業も受けていたのでしょう。そのなかで二郎太先生の「キモノ少女」(現福岡市立美術館蔵)という秋子さんをモデルにした作品などが生まれたのだろうと思っています。今度の展覧会に向けて家を探している中で高木家から未発表の共作も見つかりました。

秋子さんは先生の教えをもとに絵を描きつづけ、絵描きになろうとフランス留学まで試みていたのですが、戦争がおき、移動につかう予定だったシベリア鉄道が使えなくなったため留学を断念します。

戦後、あまりに多くのものを失った秋子さんは人間らしく生きるためには、自分で食べるもの、着るものなど、一番基本的なモノづくりができなければだめだと、染織をえらびます。染織は色をつかい今まで努力してきた絵にちかいので。

それから30年以上をかけ、風通織という織を生み出します。それは抽象絵画であり、美術品であり、そして木綿という日用品でした。

タイトルは木綿麗容という秋子さんが編んだ本の冒頭にある文です。







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2016年秋福岡県立美術館で開催されるコレクション展Ⅱ[山喜多二郎太と高木秋子展の個人的紹介ブログ。高木秋子の家族が書いています。管理人mai